IT SHOULDN'T HAPPEN TO A VET (1972, Michael Joseph Ltd.)


ヘリオット先生の2番目の作品集です。タイトルは日本語に訳せば「獣医にあってはならないこと」となります。

一作目同様に、まずロンドン・イブニング・スタンダード紙に連載され、1972年1月に初版8000部がマイケル・ジョセフから発刊されました。
一作目に比べて、はじめから多くの書評に取り上げられ、好調なスタートを切りました。

特に、1972年1月23日のサンディ・エクスプレスのグレアム・ロード氏による書評が、この本の名声を決定付けました。そのため、ロード氏はつねづね「私がヘリオットを有名にしてやった」と言っているようです。(彼の著書、"The Life Of Country Vet"にそのときのいきさつが詳述されています。)

また一作目で不評だったカバーデザインも、より人気のあるイラストレーター、「ラリー(Larry)」の作品に変更されました。ラリーのイラストは本のユーモラスな内容を良く伝える素晴らしいできばえで、これ以降の4冊のヘリオットの作品はラリーのカバーイラストで飾られることになったのだそうです。

また、一作目のIF ONLY THEY COULD TALKも、二版目からはラリーのカバーイラストに変更されました。なおこの本の献辞は、ドナルド・シンクレアとブライアン・シンクレア(作中ではシーグフリードとトリスタンのファーノン兄弟)に捧げられています。

邦訳はアメリカ版の合本、"ALL CREATURES GREAT AND SMALL"を翻訳した「ヘリオット先生奮戦記(ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)で、すべてのエピソードが翻訳されています。
下記にIT SHOULDN'T HAPPEN TO A VETの各章の概要をご紹介しましょう。
内容 邦訳
1 ハンショーさんの牛が、産後のカルシウム欠乏症になり、立てなくなった。ヘリオットはカルシウム注射をし、すぐに良くなるでしょう、と言って帰ってきた。ところが2日立ってもその牛は立ち上がらない。ハンショーは「うちのおやじだったら、尻尾を切り落とす」とか「耳元で大声で怒鳴る」とか怪しげなことを言う。もう一本カルシウム注射をする。しかし、次の日も牛は立たない。農夫たちが集まってきて、「犬をけしかけるとええだよ。うちのを貸そうか?」などと大騒ぎになる。しょうがないので触診してみると、骨盤が割れているような音。「こりゃもうだめです」と、絶望にひしがれて帰ってきた。翌日、ハンショーさんから電話、「羊の皮をかけておいたら、牛が立ち上がった!」とのこと。黒魔術的民間治療が効果があったのではないが、それにしてもタイミングが悪かった。 ヘリオット先生奮戦記:第32章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
2 パンフリー夫人が子豚を飼いはじめた。早速その豚、ニュージェントの健康診断に出かける。どこも悪いところはない。パンフリー夫人は家の仲で飼いたいと言ったが、ヘリオットは臭いがきついから無理だと教え、庭の小屋で飼うことになった。後日、パンフリー夫人からニュージェントが変だ、と呼び出される。見に行くと、健康な豚として当たり前の行為、そこら中に気ままにおしっこをしている。パンフリー夫人はそれが普通のことと思わなかっただけだった。ニュージェントもトリッキ・ウー同様、「ヘリオットおじさん」にたくさんのプレゼントをしてくれたが、ニュージェントから来たサイン入りの写真は、決してシーグフリードには見せなかった。 ヘリオット先生奮戦記:第33章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
3 シーグフリードの頼みで、怪我をしたアンガス・グリーアの代診に行くことになった。このアバディーン出身の獣医は偏屈で意地悪でけちであり、またその細君は輪をかけて意地が悪く吝嗇で、オートミール中心のまずい食事しか出してくれなかった。アダムソンさんの牛が至急頚部脱垂になり、陰門縫合法で治してくるつもりだとグリーアに相談すると、そんな必要はなく、亜麻仁油を飲ませて置けば治るはずだから、それでやってこいと命令される。不安に思いながらも言われたとおりの治療をしてくるが、案の定しばらくしたら再発した、との電話。今度はグリーアも一緒に出かける。グリーアは陰門縫合法で治療せざるを得なかった。 ヘリオット先生奮戦記:第34章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
4 グリーア先生にすぐ来て欲しいとマラード夫人から電話。患畜のウェスト・ハイランド・テリアを見てみるが、どこも悪いところはない。後日、マラード夫人のご近所に住む男が来院。「あの奥さんのところにはしょっちゅう獣医が来ている。それも夜ばかり・・・・」と意味深なことを言われ、愕然とする。グリーアがようやく回復し、ダロウビーに帰れることになった。デイルズの懐かしい風景が見えてくると感激する。そしてスケルデールハウスに戻り、ホール夫人の美味しい食事を食べ、シーグフリードとトリスタンの口げんかを聞いていると、いかにも変ええるべき家に帰って来た、という気がするのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第35章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
5 2週間グリーアのところに行って、デイルズに帰って来ると、このデイルズの豊かで美しい自然の中で働くことのできる幸せが、改めて大切なことだとしみじみ思う。獣医の仕事は、昔想像していたのとは大違いで大変だったが、それでもスケルデールハウスでシーグフリードやトリスタンと一緒にデイルズで働くことはかけがえのない幸せだった。テリー・ワトソンから電話。往診してみると、夏季乳腺炎。注射を打つが、見通しは暗い。テリーに漿液がたまらないようにときどきマッサージしてやるように言っておいた。翌朝、ワトソン家を訪れ牛を見ると、乳腺炎は治っていた。テリーは一晩中、牛の乳房をマッサージして治してしまったのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第36章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
6 ボールを胃に詰まらせたセッターの開腹手術を終え、傷口を縫合し始めたときに、シーグフリードが手術室に入ってきた。彼はヘリオットが縫合用の腸線を無駄使いしすぎると非難する。また消毒綿も少し使えば十分だという。彼は獣医医院を経営するためには、経済的な面に気を使って欲しいというのだった。1週間後、野原で若駒の縫合をしていると、今度は「腸線をそんなにけちけち使って手術するな!スコットランド人は倹約しすぎるから、、、、」と怒るのだった。例によってシーグフリードの矛盾だらけのエピソード。 ヘリオット先生奮戦記:第37章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
7 ワーリィさんの趣味は豚を育てることだった。元来ウェスト・ライディング工業地帯の出身だし、現在の本業はラングソープ・フォールズ・ホテルの経営なのに、農夫たちもかなわないほど上手に豚を育ててしまうのだった。あるとき、彼の雌豚マリゴールドが出産したが、お乳が出ない。ヘリオットはピチュイトリンの注射で見事に治してしまう。手を洗いに台所に行くと、午前2時にもかかわらず、酒場には人が一杯いた。ゴバー・ニューハウスにだまされて、全員にビターをおごらされてしまう。しかし、彼らはその後、警察の手入れで捕まってしまうのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第38章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
8 プレスコット農場での往診が終わって、ビールをもらって飲んでいたら、オースチンのサイドブレーキが外れて坂道を転がって行ってしまった。オースチンは、プレスコットの敷地にあるダロウビー・ゴルフクラブの建物にぶつかる。ゴルフクラブの小屋はばらばらになってしまったが、驚くべし、オースチンはテールランプを壊しただけだった。診療所に帰ってシーグフリードに報告し、例によって怒られる。オースチンを修理に出した後、往診の依頼があった。シーグフリードのローバーの新車を借りて、ヘリオットとトリスタンは往診に出かける。その途中、センターラインオーバーで追い越しをかけてきた車とぶつかり、ドアを2枚もがれてしまう。シーグフリードはそれを知り、またしてもトリスタンを「首だ!」とどなるのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第39章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
9 骨折した牛の治療のためにヘストン・グレインジ農場に往診に出かける。農場の娘、ヘレン・オルダーソンの案内で、牛小屋まで登る。ヘレンに手伝ってもらい、子牛にギプスをはめた。その後、農場の周りの素晴らしい風景を眺めながら、デイルズの素晴らしさについてヘレンと語り合う。ヘリオットは彼女と話していて楽しく感じる。診療所に戻ってシーグフリードにその話をすると、彼も「ヘレンは素晴らしい娘だ」と認め、「このあたりの若い男はみんな彼女を追いかけているが、彼女自身は好みがうるさく、決まった相手はいない」と話した。 ヘリオット先生奮戦記:第40章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
10 ヘリオットは農漁業省の地方獣医検査官の認可を受け、ツベルクリンテスト検査を引き受けることになった。決まりきった楽な仕事のはずだったが、実際にはそんなに楽なものでもなかった。ケイさんに「農場でツベルクリンテストをするからに牛を集めておいてくれ」と頼んでおいたのに、行ってみると全然集まっていない。ケイさんと一緒に牛舎に集めようとするが、うまくいかない。諦めかけた時、ケイさんは隣の農場のサム・ブロードベンドを呼んでくるという。彼は頭はとろいが、蝿の真似ができるという。サムが来て本物そっくりの蝿の音を出すと、牛たちは素直に牛舎の中に入って行くのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第41章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
11 ケイの農場を出た後、ヒューギル家の農場にツベルクリン検査に向かう。ヒューギル家の兄弟は礼儀正しい素晴らしい人たちだった。彼らはあらかじめ牛たちの番号を小さなノートに書き取ってくれていた。しかし、実際に調べてみると、全然合わない。しょうがないので、すべての牛の耳の番号をチェックせざるを得なかった。その後、5軒の農場でもそれぞれ時間がかかった。4軒目の農場で出会ったエアシャー種の牛はとても凶暴で牛舎から逃げ出す始末。最後の農場に行ったときは7時を回っていた。疲れ果てて朦朧としているので、牡牛の金玉を牝牛の乳房と間違って触診してしまう。ツベルクリン検査は決して「楽なお役所仕事」ではないのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第42章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
12 寝たきり老人ミス・スタブズの家の動物は、飼い主に似てみんな年寄りだった。ヘリオットは往診のたびに喘息持ちの雑種犬プリンス、腎臓病のテリアのベン、子宮膿腫のコッカスパニエルのサリー、そしてネコのアーサーの歯石とスージーのリンパ肉腫を診てやるのだった。ついにベンが死んでしまう。スタブズさんは「次は私の番」と言い、「動物たちには魂がないから会えなくなる」と心配する。ヘリオットは「動物には魂があり、スタブズさんがどこに行こうと、彼らもそこについていくんです。」と慰める。やがてスタブズさんは亡くなり、動物たちは家政婦のミセス・ブロードウィズに引き取られていった。 ヘリオット先生奮戦記:第43章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
愛犬物語:上巻第8章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
犬物語:第2章 (集英社文庫、大熊栄訳)
13 ヘリオットは、ヘレン・オルダーソンに近づきたくて、ダロウビーの音楽鑑賞会の会員となった。とは言うものの、ヘリオットの音楽鑑賞能力はちっとも進歩せず、音楽会の後のお茶会で彼女にあっても、通り一遍の話しかできないのだった。ある時、教区教会の牧師さんが、お茶会の後片付けを手伝ってくれと、ヘリオットとヘレンの二人に頼む。食器を洗いながら、ヘレンと四方山話。最後のカップを洗う段になって、ようやくヘリオットはデートを申し込み、ヘレンと土曜日に会うことを約束してもらい、有頂天になる。 ヘリオット先生奮戦記:第44章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
14 ダロウビーの新聞に載っていた「農民は家畜に対して思いやりがない」という記事について、シーグフリードと話す。小規模な農家はそんなことはないが、大規模農家だとその通りかもしれない、と我々は結論付けた。そんなとき、デナビー・クロースの大農、ジョン・スキプトン老人から、馬の歯にやすりをかけてくれという依頼が来る。スキプトン老人は若い時から片時も休まずに仕事に励んだ結果、今の地位を築いた。患畜は、2等の老馬。スキプトンと労苦をともにした馬たちだが、12年前からは働かせず、老後を安らかに過ごさせているのであった。スキプトン老人の馬たちへの愛情を知って、ヘリオットは感動した。 ヘリオット先生奮戦記:第45章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
15 ヨークシャーの農夫たちは、体が大きくて立派な者ほど、血を見ると卒倒してしまう。ヴァイキングの末裔のような立派な体格の農夫でも、ヘリオットの手術を手伝わせると、血を見て気絶してしまう。けちなヘンリー・ディクソンは倹約するために、ヘリオットに豚の去勢の方法を尋ねる。ヘルニアの豚の去勢を手伝わせるが、内臓がチラッと見えただけでディクソンさんは卒倒してしまった。ヘリオットが手術代の釣銭を置いて立ち去ろうとすると、「1シリング足りねえだ!」と正気づくのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第46章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
16 シドローさんは、いつも病気になった家畜を自己流の方法で治療しようとして失敗し、最後の段階になってから獣医を呼ぶ。そして、大抵はもう手の施しようがないことが多く、ヘリオットは藪医者扱いされてしまうのだった。あるとき、ヘリオットはシーグフリードの代診でブロートン競馬場に出かけた。いきなり難しい怪我をした馬の治療をさせられたが、なんとか治療する。喜んだ馬丁頭は、ヘリオットに彼の馬、ケマルは絶対に勝つから、5ポンド賭けろ、と教えてくれる。ヘリオットは競馬場に出かけようとしたら、シドロー氏から電話。往診に行くと例によって手遅れ。遅れて競馬場に行くと、すでにケマルのレースは終わっていた。掛金の10倍の配当だった。シドローのおかげで、50ポンド儲けそこなったのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第47章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
17 ヘレンとのデートで、ブロートンのれニストン・ホテルに出かけることになった。しかし、何事もうまくいかない。太ってしまい、昔のタキシードが着れない。ヘレンを誘ってブロートンに向かう途中、水溜りにはまってしまい、靴が台無しになる。ヘレンの家に戻り、父親の時代遅れの靴を借りる。れニストンに到着すると、なんとこの日はパーティがない。フロントでもとんちんかんな受け答えで、食事をするときにはヘレンとの間は気まずい雰囲気になってしまう。ヘレンを家に送りながら、今日のデートは失敗だった、と悟るのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第48章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
18 ヘリオットの車のブレーキはてんで効かなかった。ペダルを踏んでも止まらないので、一気にローギヤに入れるしかないのだった。高原からウォートンの村へ降りるにも25%の坂道を命がけで降り、危うく羊の群れに突っ込むところだった。ブレーキの修理に出してくれとシーグフリードに頼むのだが、彼はいつもそれを忘れてしまう。あるとき、シーグフリードとその車で往診に出かけることになった。シーグフリードはヒンチクリフの農場でブレーキが効かないことに愕然とし、あやうく大事故になりそうになる。彼は「こういうことは早く言ってくれなきゃ困る」とヘリオットをなじるのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第49章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
19 ハロルド・デナム老人はフットボールの賭けが大好きで、いつも水曜日になると、彼の飼っている動物の不具合を口実にしてヘリオットを呼び出すのだった。ヘリオットはフットボールに詳しく、1週間で16シリングも儲けたことがあるので、尊敬されていた。あるとき、彼のグレートデーンが産後の肥立ちが悪いとのことで往診する。グレートデーンの親子のいる銃器室でタオルとお湯の来るのを待っていたとき、母犬が突然襲い掛かってきた。子供を盗られると思ったらしい。手首に噛みつかれ、古い椅子を盾にして防戦するが、母犬はその椅子さえ噛み壊してしまう。足にも噛みつかれ、万事休すと思ったとき、ようやく部屋の外に出ることができた。 ヘリオット先生奮戦記:第50章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
愛犬物語:上巻第5章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
20 ダロウビーに来て2回目の冬なので、雪が降ってきてもさほど驚かないようになって来た。パイク・ハウスのクレイトンから往診に来てくれと電話が入る。道路の状況を聞くと、大丈夫だ、と言う。完全武装でクレイトン農場に向かうが、高地は大吹雪で、夏の景色とは大違いの険しい場所に変わっていた。吹雪の中であやうく遭難しそうになるが、なんとかクレイトン農場にたどり着く。しかし、クレイトンは「今日の天気は、まあまあってとこだんべ」と言うだけだった。 ヘリオット先生奮戦記:第51章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
21 スクルートンの子牛について、シーグフリードに今までの治療経過を話すが、例によってシーグフリードは人の話を聞かず先走りするばかりなので、いつになくいらいらしてしまう。トリスタンは「ヘレンと出かけてからジムはとげとげしくなった」とまで言われてしまう。そんな欲求不満のヘリオットに、トリスタンは合コンの話を切り出す。トリスタンの付き合っている看護婦、ブレンダの友人のコニーも入れて、4人でボウルトン会館のダンスパーティに行こう、と彼は言うのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第52章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
22 ディック・ラッドはデイルズの農民の良いところばかりを集めた好人物だった。彼の農場に往診に行くと、いつもなにがしかのお土産をくれる。子沢山で暮らし向きは楽ではないはずなのに、その気持ちがうれしかった。あるとき、彼は短角牛の血統種を手に入れた。乳の出も良いし、それからつくるバターは絶品と言う、共進会に出せるような素晴らしい牛だった。この牛、ストローベリーののどに膿瘍ができた。ヘリオットは治療を試みるがうまくいかず、ストロベリーは危篤状態になる。それでもラッド家の人々はヘリオットのことを悪く言わず、いつも通りお土産さえくれるのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第53章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
23 ストロベリーはもう瀕死の状態であり、あとできることは危険な手術しかない。ディックの承諾をもらい、喉の切開手術を行い、なんとか膿瘍の切除に成功するが、膿瘍の壁が硬化しており、予断を許さない。翌日の往診では良くなっておらず、翌々日の往診の際には覚悟して出かけた。しかし、ストロベリーは劇的に回復し始めてきた。1週間後、ラッド家の食堂でアップルパイをご馳走になっていたとき、ディックはヘリオットをラッド夫妻の銀婚式のゲストとして招待したいと言うのだった。デイルズに来て1年余り、ようやくヘリオットも仲間として認められ始めた。 ヘリオット先生奮戦記:第54章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
24 畜主の中には、治療費をなかなか払ってくれない人たちが約1割近くもいる。お金がないから払わないならいざ知らず、贅沢をしていても支払わない連中もおり、シーグフリードも手を焼いていた。この手の連中には、「慇懃・険悪・弁護士まわし」という3段階方式で支払いを迫るのだが、うまくいかない。また、そういう連中に限って、付き合って面白い連中なので、余計に始末が悪い。中でもデニス・プラットは特にやっかいだった。彼を集金の日の診療所に招いてやれば、周りの雰囲気に呑まれて、支払わざるを得ない雰囲気になるだろうと思ってやってみたのだが、まるで駄目。それどころか、デニスはさらにツケで先生や私から薬をせしめて行ったのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第55章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
25 オルドグローブの肉屋、ホレス・ダンブルビーも、繁盛している店を経営している割には治療費を払わない客だった。しかもこの手の客によくあるように、彼も獣医に対する文句が多いのだ。ある晩、夜中の三時に段部ルビーから電話。牛のお産だからすぐに来い、と権柄ずくに言う。眠い目をこすりながら往診すると、双子の逆子。重労働の末、ようやく二等の健康な子牛を出産させるのに成功した。その作業を見て感動したのか、ダンブルビーが「ソーセージはどうかね」という。私は驚いた。「いくらですか」と尋ねたら、彼はしばし沈黙した後、おもむろに「2シリング6ペンスだよ」と言うのであった。 ヘリオット先生奮戦記:第56章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
26 トリスタンの計らいで、看護婦のブレンダ、コニーと一緒にボウルトン会館でのダンスパーティに出かけた。ダンスの前に、その近くのパブでビールを飲む。4人ともしっかりできあがってしまう。トリスタンは彼の十八番、「きちがい指揮者」を熱演する。コニーはビールを飲みすぎ調子が悪くなる。外の空気を吸いにコニーを連れ出して歩いていたら、崖から二人とも墜落してしまった。泥酔の上、服はぼろぼろ、そのひどい有様を、ダンスパーティを覗きに来たヘレンとその相方の金髪の男に見られてしまった。 ヘリオット先生奮戦記:第57章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
27 ヨークシャーで獣医をやっていると、印象的な出来事には事欠かない。トレンホルム家の犬、チップは、雪が降る寒い夜でも家の外で寝る犬だった。ルーク・ベンソンはいつも歯を食いしばってしゃべるという変わった性癖の持ち主だった。しかし、印象的と言う点では、ブラムリー家は最高だった。独身の兄弟4人は、俗世界との接触なしで暮らしていた。彼らは、夜になると、ただひたすらにベンチに座ってじっとしているだけなのだ。彼らは猫をとても可愛がっていたが、あるとき子猫たちが病気にかかる。ヘリオットは最新の薬を処方し、治してあげた。後日、お礼の手紙を受け取り、その素朴さに感動した。 ヘリオット先生奮戦記:第58章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
28 ジプシーのマイヤットさんの子馬を往診に行く。彼は治療の前に10シリング前金をくれるような、真っ正直な人だった。子馬はひどい蹄葉炎で、手の施しようがない。マイヤットの小さな娘たちはとても心配している。診療所に戻り、馬に詳しいシーグフリードにその話をすると、診に行ってくれるという。彼はグラント老先生の使っていた放血針で、バケツ一杯の血を抜くという中世的な治療を行った。これが効いたのか、1週間たつと子馬は元気になり、マイヤット一家はダロウビーを出発して行ったのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第59章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
29 ある日、ヘレンが診療所を尋ねてきた。オルダーソン家の牧羊犬、ダンが股関節脱臼してしまったのだ。ヘリオットはヘレンに手伝わせて、なんとか治療する。ホール夫人やトリスタンも、ヘレンとの仲がうまく行くように、応援してくれる。お茶を飲みながらヘレンと談笑。診療所と言う自分の城にいるので、気まずさはなく、ごく自然にいろんな話しができた。帰宅したヘレンから、「ダンは回復しつつある」との電話を受け取る。そのとき、ヘリオットはすかさず「今度スコットランドの映画を見に行きましょう!」と、再びデートに誘うのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第60章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
30 タブナーさんのリューマチのブルテリアの治療に行く。彼はタインサイドの造船所で巨万の富を築き、その後ダロウビーに移って来た人で、愛想もよく心優しい人だった。しかし彼の妻、娘はまったく彼のことを尊敬しておらず、彼のことを能無し扱いしていた。それに引き換え、ティム・オールトンは幸せ者である。彼の一家はデイルズの一番厳しい地方で貧しい暮らしを営んでいたが、欲のない素晴らしい一家だった。彼の娘のジェニーは、一生懸命に働いた父親をねぎらうために、2マイル離れた村まで、たった一本のギネスビールを買いに行くのをいとわない娘だった。金銭的にはタブナーさんより豊かではないが、ティムは幸せ者だ、と思った。 ヘリオット先生奮戦記:第61章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
31 レニストンでの散々なデートに懲りて、今回は慎重にダロウビーの映画館でヘレンとデートすることにした。しかし、これも散々だった。映画館はなかなか開かないし、前に座った男からは「あんたの誤診でうちの動物は死んだ」とからまれるし、やたらと暑くて気分が悪くなってくるし、肝心のスコットランド映画は上映されずウェスタンになってしまうし、町の嫌われ者ゴバー・ニューハウスのいびきと酒臭い息にむせ返るしで、ヘリオットはつくづく嫌になってしまう。しかし、ヘレンは「この次はただの散歩にしましょう」と提案してくれたのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第62章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
32 ランサム少将がシーグフリードを北西部競馬連盟のお抱え獣医に推薦したがっているという。その評価のために、少将夫妻、トレメイン大佐夫妻と競馬場に出かけることになった。シーグフリードのいでたちは、二人の軍人がかすんでしまうほど立派で、二人のご夫人たちもいたく感銘を受けているようだった。競馬場に着くなり、怪我をした馬の診察をさせられるが、単なる脳震盪だった。そのとき、群衆の中からシーグフリードを呼ぶものがいた。旧友のスチューイ・ブラノンだった。彼は学業の出来は悪かったが、包容力のある好人物だった。 ヘリオット先生奮戦記:第63章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
33 シーグフリードは久しぶりに会ったスチューイと意気投合し、ウィスキーを飲み始め、昔話や近況などについて語り合い、気がつくと2時間も経っていた。ランサム少将たちのところに戻ると、彼らは放っておかれてかんかんに怒っていた。すぐに車で連れ帰ろうとするが、車の鍵が見つからない。スチューイの車を借りようとしたが、そのあまりのおんぼろさに少将はぶち切れる。トレメイン大佐がなんとかローバーのエンジンを始動させたが、シーグフリードは死んだ鶏で窓ガラスを拭き、さらに顰蹙を買ったのだった。数週間後、北西部競馬連盟のお抱え獣医が発表になったが、それは当然、シーグフリードではなかった。しかし、彼はそれを残念なことと全く思わず、むしろこのデイルズで今までどおり働けることを何より喜んでいるのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第64章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)