IF ONLY THEY COULD TALK (1970, Michael Joseph Ltd.)


ヘリオット先生こと、アルフ・ワイトの最初の作品集です。1970年に英国のマイケル・ジョセフから出版されました。

アルフはいつか本を書きたいと、常々妻のジョアンに言っていたそうですが、実際にこの最初の作品集を書き始めたのは1965年のことでした。1967年に最初の原稿が出来上がったとき、アルフはスコットランド時代からの友人、エディ・ストレイトンに相談しました。

エディはすでに数冊の本を出版した経験がありました。エディはアルフの無二の親友で、アルフがサースクにやってきてすぐ、ドナルド・シンクレア(作中のシーグフリード)が英国空軍に参加してしまいサースクの診療所を運営していくのが困難になった際に、アルフを手伝ってくれたことがありました。またアルフの息子、ジミーが獣医大学を卒業して獣医修行をする際にも、自分の診療所ではなくスタフォードシャーのエディの診療所を選んだというぐらい、アルフとは親しい人物でした。そのために、この本の献辞はエディ・ストレイトンに捧げられています。
アルフの相談を受けたエディは、早速大手出版社のコリンズの要職にあったジョン・モリソン氏を紹介してくれました。

モリソン氏はその原稿を気に入り、コリンズのもっとも優秀な編集者であったジュリアナ・ワダム女史に読んでもらい、ワダム女史は、「これは小説のスタイルではなく、一人称の自伝的なスタイルで書いたほうがより素晴らしい作品になる」、と貴重なアドバイスをしてくれました。

ちなみに、この原稿の最初のタイトルは、「芸術と科学」"THE ART AND SCIENCE"というものだったそうです。つまり、獣医の仕事は科学でありながら芸術的な冴えも必要だ、と言いたかったのでしょうか。うーん、でも印象に残らない平凡なタイトルですね。

また、主人公の名前と著者のペンネームは、ジェームズ・ウォルシュ(James Walsh)だったそうで、この段階で「ヘリオット先生」はまだ誕生していなかったのです。
しかし、もろもろの事情から、この最初の原稿はコリンズから出版されることはなかったのでした。

アルフは落ち込むことなく、ワダム女史のアドバイスにしたがって、「一人称スタイル=ジェームズ・ウォルシュがストーリーを語るスタイル」に書き直しました。さらに、本のタイトルも「芸術と科学」"The Art and the Science"をやめて、「彼らが話せさえしたら」"IF ONLY THEY COULD TALK"に変更しました。

またペンネームに関しては新たな候補が見つかりました。1969年の2月11日の夕方、熱心なサッカーファンであったアルフは、バーミンガム・シティ対マンチェスター・ユナイテッドの試合を見ていました。そのとき、新たなペンネームが突然頭に浮かび上がったのです。

バーミンガム・シティ・チームのゴールキーパーはスコットランド人で、スコットランドのインターナショナルチームの一員として、国際試合で6回もプレイした選手でした。彼の名前は、ジム・ヘリオット。アルフはその名前が気に入り、将来使うことになるかもしれないペンネーム候補の一つとしてリストアップしたのでした。(1988年になって、この元ゴールキーパー、ジム・ヘリオット氏はサースクを訪れ、ヘリオット先生と面会し、サイン入りのヘリオット先生の著作とスコットランド・インターナショナルチームのサッカー・ジャージーを交換したとのことです。)

アルフは1969年の早春、最終原稿をロンドンのデヴィッド・ハイアム・アソシーエーションという出版エージェントに送りました。そして1969年の4月に、アルフはそのエージェントから出版希望の手紙を受け取りました。出版社は動物関係の本に強いマイケル・ジョセフです。

なお、ジェームズ・ウォルシュというペンネームは、すでに実際の獣医として登録されていたので使用できませんでした。しかし、ジェームズ・ヘリオットは?
アルフは獣医年鑑でその名前が登録されているかどうか調べてみました。驚いたことに、「ヘリオット」という名前の獣医は一人もいなかったのです。こうして作家、ジェームズ・ヘリオットの誕生したのでした。

またアルフは後になって教えてもらったそうですが、ヘリオット"Herriot"とは中世封建時代の言葉で、「農奴たちが領主に差し出す、群れの中の最良の子牛」を意味していたのだそうです!これ以上獣医さんにふさわしいペンネームはないのではないでしょうか。

1969年8月にマイケル・ジョセフとアルフ・ワイトの間の契約が取り交わされ、最初の契約金は200ポンドだったそうです。印税は最初の2000冊が10%で、その後ベストセラーになったら最高17.5%まで上げる、という契約でした。

また、出版に先立って、有力新聞ロンドン・イブニング・スタンダードに連載することになり、この契約料は36,710ポンドになり、当時としては目をむくような金額でした。

こうしてジェームズ・ヘリオット名義最初の作品、"IF ONLY THEY COULD TALK"は1970年4月に、最初の3000部がマイケル・ジョセフから出版されたのです。

しかし、「馬が後ろ足で立ち上がっている」カバーイラストが「子供向け」という印象を与えたのか、書店の児童書のコーナーに置かれたりしてしまい、はじめはあまり売れなかったそうです。
邦訳はアメリカ版の合本、"ALL CREATURES GREAT AND SMALL"を翻訳した「ヘリオット先生奮戦記(ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)で、すべてのエピソードが翻訳されています。

内容 邦訳
1 雪の吹き込むデイルの牛舎で難産の牛の助産をしながら、獣医学校で習ったことと現実とのギャップをつくづく考えさせられる。飼い主のディンズデイルさんの兄と言うのが手伝いに来ているのだが、半端な知識をひけらかし、常に屈強で優秀なブルームフィールド先生の話を引き合いに出すので頭にくる。逆子の子牛をなんとか無事に取り上げ、ディンズデイルさんに「いっぱいどうですか」と言われ喜ぶが、彼は「母牛に一杯水を飲ませたい」と言っているのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第1章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
2 7月の暑い日に、シーグフリード・ファーノン先生の面接を受けにダロウビーを始めて訪れる。つまらない場所だと思っていたヨークシャー・デイルズがとても美しい場所だったので驚いてしまう。スケルデール・ハウスに行ってみると、ファーノン先生はブロートンの母親の家に行っており留守とのこと。医院で待たせてもらっていると、ヨークシャーの農夫たちやファーノン先生に懸想している女性などが次々に訪れ、対応しているうちに疲れてしまう。裏庭のアカシアの木にもたれて眠ってしまった。ドイツ訛丸出しのファーノン先生が夢の中に現れ、怖い思いをする。夢から覚めると、目の前にはきわめて英国人的な、本物のファーノン先生が立っていたのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第2章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
3 ファーノン先生に医院を案内してもらう。薬局で紫色の煙を出す薬を見て驚くが、これが農夫たちには好評とのこと。またその他の治療器具も時代を感じさせる古めかしいものばかりだった。その後、二人で往診しに行く。先生の自動車も運転もすさまじい代物だった。最初の農場で、先生はヘリオットに診察、治療を任せる。例の紫色の煙を出す薬を使うと、農夫はしきりに感心しているのだった。その後、先ほど来院したバート・シャープの農場へ。牛に何度も蹴飛ばされながら、なんとか治療に成功する。 ヘリオット先生奮戦記:第3章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
4 往診からの帰りに、ファーノン先生はブレンクストーン・パスからシルデールを通った。英国で一番荒涼たる光景に目を見張る。ある村のパブで車を止め、ビールを飲む。ファーノン先生は「週給4ポンドで三食付」の条件で仕事を手伝ってくれないか、と提案してきた。破格の好条件で、もちろん引き受けることにした。パブの客の一人の老人が馬のしっくんと乾発疹の秘密の特効薬を教えてくれた。なんとマシュマロ軟膏だと言う。彼はこの秘密を守れ、と言うのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第4章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
5 ファーノン先生がまた母親に会いに行ってしまい、一人で医院の留守番をすることになった。そんなとき、ハルトン侯爵の農場管理人のソームズから電話がかかってくる。大切な馬が腹痛を起こしているとのことで、早速往診に出かける。診察してみると、腸捻転の疑い。にもかかわらずソームズは朝から下剤を投与していたのだった。もはや手の施しようのない状況で、仕方なく安楽死させる。ソームズは怒り狂う。夜遅く、先生が帰って来たときに事情を説明する。先生はヘリオットの処置が正しかったと勇気付けてくれた。 ヘリオット先生奮戦記:第5章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
6 あくる朝、朝食に行くと、ファーノン先生は不在。ハルトン卿の馬の検死にでかけたのだった。検死から戻ってきて先生はやはり腸捻転だった、と教えてくれた。その日のスケジュールを話し合っていたとき、先生に「弟を迎えに行ってくれ」と頼まれる。彼の名前は、トリスタン。父親が大のワグナーファンだったとのこと。午後にトリスタンと落ち合い、スケルデール・ハウスに連れ帰る。ファーノン先生はトリスタンに「試験はどうだった」と質問するが、トリスタンは不首尾であったことを告げると、先生は激怒し、「出て行け、縁を切る!」と言い出す。しかしトリスタンは「いつものことなんです」と、まるで気にしていないのであった。 ヘリオット先生奮戦記:第6章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
7 早朝の電話当番はトリスタンの当番だったが、彼はいつも寝たままで、業を煮やしたシーグフリードが飛び出していくことになってしまった。その間にトリスタンは要領よく着替えを済ませてしまい、なかなか兄に怒るきっかけを与えない。私はそんな風景を見ながら毎朝中庭に出て、雑用担当のボードマンじいさんと一言二言交わしてから仕事に出かけるのだった。仕事先の農家の人々は、シーグフリードが来ると期待していることが多く、私が一人だと知ると落胆する人も多かった。コップフィールド家のギャロウェイ牛はいつも放し飼いで、捕まえるのに苦労する。今日もフランクとジョージの偉丈夫兄弟に助けてもらった。いやはや、なんとも大変な職業を選んでしまったものだと思う。 ヘリオット先生奮戦記:第7章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
8 シーグフリードは朝から晩まで猛烈に働く獣医だが、お金に無頓着で、女性にもてて、言うことがしょっちゅう変わり、妙に意地っ張りなところのある人だった。ヒートン家に羊の検死に行くはずだったのに、「いいや、ジェームズ君、君はシートン家と言った!」と言い張り、シートン家で検死用のナイフを研ぎ始め、顰蹙を買ってしまう。そのくせ、「ジェームズ君、気をつけなきゃ駄目だぞ」などと平気で言う。また早朝の往診から帰ってきて「君が『なんかあったらいつでも呼んでください』なんて言うからだ!」と怒ったくせに、私が往診を断ると「どんなときでも精を出すべし」と非難する。また、自動車を丁寧に乗れと口うるさく言うくせに、自分がハンドルを握ると、カミカゼ運転になるのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第8章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
9 トリスタンは、休暇が終わっても大学に戻る気配はなく、医院の何でも屋を仰せつかっていたが、とにかく仕事をサボり、女の子を追いかけることを信条としていた。ある晩、僻地に住むシムズ氏から電話。馬が怪我をしたので傷を縫ってほしいと言う。手伝いの人手はなく、農場への最後の1マイル半は歩かなきゃならないとのこと。ぐずぐずするな、と言われるに及んで、ついに私は切れてしまう。と同時に、その電話がシムズ氏ではなく、トリスタンのいたずらだったのだ。仕返しをしようと嘘電話をトリスタンにかけるのだが、いつも見破られてしまう。でも一回だけ成功した。先生の不在時に、二人で牛の子宮脱の治療に行った。苦労して治療した後、私はブロートンに遊びに行ったのだが、その途中で医院に電話をし、電話機をハンカチでくるみ「またあの牛の子宮が出てしまった!なおしてけろ!」と言ってやったのだった。トリスタンはまんまとひっかかった。 ヘリオット先生奮戦記:第9章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
10 最近は『ヘリオット先生を!」と指名してくる農夫も増えた。私は徐々に農夫たちに受け入れられ始めた。ある日、デイルズの僻地のベラビー家の往診に行った際に、「食後、演奏会を聴きに行くのでダロウビーまで乗せて行ってくれ」と頼まれる。私もその演奏会に行く予定だったので快く引き受ける。「昼飯でも」と誘われたが、医院でホールさんが食事を用意してくれているので、断る。彼らの食事の終わるのを待つが、非常にゆっくりとした食事でいらだつ。しかもコンサートに行かないはずの子供まで連れて行くことになったので、彼を身奇麗にするのにさらに時間がかかる。ダロウビーに着いたのは開演10分前。私は大急ぎで食事を済ませ演奏会に行くが、遅刻だった。 ヘリオット先生奮戦記:第10章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
11 「トンプソンヤード3番地、ディーンさん、老犬発病」というメモを見て、往診に出かける。訪問してみると、わびしい年金生活者だった。診察してみると、ニューファウンドランド犬のボブは癌だった。手の施しようがなく、これ以上苦しみを与えないために、安楽死を提案する。ディーンさんはボブをしばらくなでてやって別れを告げ、私に「やってください」と頼む。睡眠薬を注射し安楽死させた。料金は受け取らなかった。しかしディーンさんは葉巻をくれたのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第11章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
愛犬物語:上巻第4章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
12 ある晩、いつものように独身三人衆と5匹の犬と暖炉のそばでくつろいでいるとき、シーグフリードはトリスタンに翌日の市日の集金事務を担当することを命じる。翌日になって見ると、トリスタンはその仕事にうってつけであることがわかった。しかし、彼はその受取帳をなくしてしまい、兄にこっぴどく怒られてしまうのだった。1ヵ月後、同じ請求書が届き、すでに支払いを済ませたと思っている畜主から非難轟々。ブレクンリッジ氏もその一人で、シーグフリードは二人の行きつけのパブでビールをおごり、仲直りをした。しかしシーグフリードの健忘症は並ではなく、4回もブレクンリッジに請求書を送ってしまい、彼の行きつけのパブを変えざるを得なくなってしまった。 ヘリオット先生奮戦記:第12章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
13 秋が過ぎて冬となり、デイルズの診療活動が骨身にこたえるようになってきたとき、小動物の診療は心の安らぐひと時だった。なかでも資産家の未亡人、パンフリー夫人の狆、トリッキ・ウーの診察に行くときは格別だった。清潔なタオル、高価な石鹸、シェリー酒が待っていた。パンフリー夫人はトリッキを溺愛しており、フロップポットだとかクラッカー・ドッグという彼女独特の言い回しの症状になるたびに、「ヘリオットおじさん」が呼ばれるのだった。トリッキのおじさんでいることは素晴らしいことで、いろんなプレゼントが届いたが、フォートナム・メイソンから籠詰めのクリスマスプレゼントが届いたときは本当に驚いた。シーグフリードはそんな私を冷やかすのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第13章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
愛犬物語:上巻第1章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
犬物語:第1章 (集英社文庫、大熊栄訳)
14 珍しく兄弟仲良く薬を調合していたとき、シーグフリードが「いい知らせがある」と言う。秘書を雇うことにしたのだ。「能率の権化」とのこと。その秘書、ハーボトルさんは10時きっかりにスケルデールハウスに現れた。トリスタンの期待するような若い女性ではなく、初老の頑丈そうな女性だった。元帳を見て、あまりにひどい筆跡を叱責される。中でもシーグフリードのはひどかった。また、金庫がなく、現金はすべて1パイント壜に突っ込んであるのを見て驚かれる。ハーボトルさんは「私が来たからにはきちんとして見せます!」と宣言するのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第14章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
15 ある冬の寒い朝、往診から帰ってきたシーグフリードは、暖炉の前でくつろいで朝食を食べているトリスタンを見て、スケルデール・ハウスで家畜を飼うことを提案した。家畜の世話はトリスタンの係りだと言う。思い立ったらぐずぐずしないのがシーグフリードで、48時間以内に子豚10匹、そして鶏12羽が医院に到来した。トリスタンは熱心な飼育家ではなく、餌やりもおざなりだったので、鶏は卵を全然産まない。ある日、庭の木の上を見ると、おかしな鳥が枝の上にいた。よく見ると、我が家の鶏たち。鶏たちは鶏小屋を出てしまい、その後しょっちゅう近所を飛びまわるようになったのだった。シーグフリードは鶏を売ってしまったが、売却先では毎日卵を10個も産むと知り、逆上する。 ヘリオット先生奮戦記:第15章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
16 豚に関しては、トリスタンは鶏飼育より熱心な態度を見せた。しかし、彼は豚から食肉を取るというより、豚の個々の性格に興味を持っていたのだった。スケルデールハウスの使用人、ボードマン爺さんの手助けにより、仔豚たちはすくすく育ち見事な食用豚になったが、性格も悪くなり、もはやトリスタンは情熱を失ってしまう。ある日、豚たちが豚小屋から脱走してしまう。ちょうどダロウビーの市日で、広場は大騒ぎになる。9匹は連れ戻したが、1匹はとうとう捕まらなかった。さらに悪いことには、医院の馬まで逃げ出してしまう。トリスタンはシーグフリードに怒られてもふてくされてしまうだけだった。 ヘリオット先生奮戦記:第16章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
17 シーグフリードは、以前1パイント壜に現金を全部放り込んでいた時代の癖が治らず、お金が足りなくなると、金庫から現金を借用してしまうのだが、その都度ミス・ハーボトルに容赦なく怒られる。また、毎日の往診先をきちんと記帳していないことについても怒られる。さらに、ちゃんと読めるように記入せよと言われる。シーグフリードはミス・ハーボトルに捕まらないように、こそこそ医院の中を歩かざるを得ないのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第17章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
18 5年間獣医学校で理論を勉強し、獣医として6ヶ月の実習を積んでもなお、動物のことが良く分からず、自信が持てない。17歳で獣医学校に入学したときのことを思い出す。入学後3日目、馬の解剖学的説明、典型的な疾病の説明を受け、すっかり馬のことが分かったような気がした。学校からの帰り道、たまたま荷馬を見かけた。今習ったことを確認するために近くによって観察し、首筋をたたいたとき、いきなりその馬に噛み付かれる。飼い主の石炭屋が現れ、どうにか馬から開放してくれたのだが、彼に「分かりもしねえことに手を出すんじゃねえぞ!」と怒られてしまった。 ヘリオット先生奮戦記:第18章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
動物物語:第2章 (集英社文庫、大熊栄訳)
19 トリッキから「ヘリオットおじさん」宛にダンスパーティの招待状が届き、シーグフリードに冷やかされる。トリッキの飼い主、パンフリー夫人のところのダンスパーティは珍しい料理や飲み物がどっさり出ることで有名だった。パーティ当日、シャンペンをパイント単位でシャンペンを飲み、大いに盛り上がる。家に帰って来て良い気分でまどろみ始めると電話。貧しいベック・コテッジの村のアトキンソンさんからだった。パンフリー夫人宅のきらびやかな雰囲気とは正反対の薄暗い豚小屋で豚の助産、無事8匹の子豚を取り上げる。家路に着くとき、獣医学校の教師の言葉、「獣医は絶対に金持ちになれないが、変化に富んだ生活が待ち受けている」を思い出した。 ヘリオット先生奮戦記:第19章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
動物物語:第3章 (集英社文庫、大熊栄訳)
20 ミス・ハーボトルにやられまくっていたシーグフリードは、作戦を変え始めた。彼女と向かい合うのではなく、彼女が首を曲げなければならないよう、窓に向かって逆光の中に立つのだ。そして手提げ金庫の中に常にお金が入っていないとどんな不便があるかについてとうとうとまくしたて、ミス・ハーボトルが反論しようとすると、早く請求書を出さないとお金を取りそこなうと、話題を変えてしまい、さらに「あななたはとても有能な人だから、いつかきっとできるようになるでしょう、我々が留意しなければならないのは能率です」と褒め殺してしまうのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第20章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
21 腫瘍切除したニューファウンドランド犬の麻酔がなかなか醒めない。麻酔薬の副作用で10秒ごとにものすごいわめき声を上げ、医院中に響き渡り、我慢できない。。シーグフリードと私はブロートンにリーブズ先生の羊の病気の講義を聞きに行くので、留守居役のトリスタンにその犬の世話を任せる。トリスタンはいやいや引き受けるが、ブロートンから戻ってみると、部屋中にビール瓶が転がっていた。飲まないとうるさくて我慢できないのだった。シーグフリードは「その犬が回復するまで一緒の部屋で寝ろ」とトリスタンに申し付ける。犬は覚醒して部屋中を歩き回り、トリスタンは一晩中寝ることができなかったのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第21章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
愛犬物語:上巻第2章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
22 シーグフリードが、「このボーダーテリアを元のかかりつけ獣医、アンガス・グリーアのところに連れて行き、手術をしてもらってくれ」と頼まれる。グリーアはスコットランド・アバディーン出身の気難しい獣医だった。手術は無事に終了し、犬が麻酔から醒めるまで一緒に農場の往診について行く。農場で牛の後産の処理を手伝うために、「助産用の特別服」を貸してもらうが、これが重くて動きにくいゴムの服。農場の人たちもこの仰々しい服を着た助手が何をするのか固唾を呑んで見守るが、ただ単に座薬を渡すだけ。グリーアの暗い楽しみのためにこのとんでもない服を着せられたのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第22章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
23 クーパーさんの牝牛が乳熱にかかり、往診に行く。彼女は下半身を川の流れの中に落としこみ、意気も絶え絶えだった。早速カルシウムを注射し、事なきを得る。クーパーさんのところで美味しい朝食をご馳走になり、体を温めてスケルデール・ハウスに戻ってくると、シーグフリードがミス・ハーボトルに隠れるように医院に帰ってきたところだった。彼の努力もむなしく、ハーボトルさんに捕まってしまい、例のごとく事務上のミスで怒られてしまう。そんな姿を見ながら、「院長になるのも結構だが、助手でいるのも悪くない」と、私は思うのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第23章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
24 教会の鐘つき係りたちとのバス旅行に出かけていたトリスタンが真夜中にへろへろになって帰ってくる。翌朝、例によってシーグフリードに怒られるが、トリスは一向にこたえる様子もなかった。その夕方は村のダンスパーティがあり、私もトリスも楽しみにしていた。夕方医院に帰ると、シーグフリードからトリスタン宛のメモ。「来客があるのでブロートンの母親のところに行け」とのこと。ダンスに出かけたいトリスは「電車がない」と駄々をこねるが、逆に豚の耳の血腫を切ってくるまで帰ってくるな、と命令される。しかし、トリスは存外早く帰って来て、手術完了と言う。後にパブで話を聞くと、「怒った豚が壁にぶつかり、自然に血腫が破裂してくれた」とのことだった。 ヘリオット先生奮戦記:第24章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
25 デイルズの春は突然やってくる。そして、それは羊の出産の季節でもあった。子羊ほどかわいいものはなく、私は羊の助産の仕事が大好きだった。やがて夏が近づくと羊の仕事は終わりを告げ、馬の去勢の仕事が入りだす。私は馬と相性が悪く、苦手だった。腹に腫れ物のできた馬の治療のためにウィルキンソンさんの農場を訪れると、その馬は6歳を越えた巨大な馬で、私は意気地なく帰ってきてしまった。その後、なんのかんの理由をつけてその手術を先延ばしにしてきたが、ある日ついにやらざるを得なくなる。案の定、ひどい蹴りをくらってしまう。馬の仕事は、先延ばしにしてもろくなことにはならない、という教訓を得たのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第25章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
26 フィン・カルバートはいつも陽気でふざけた話し方をするが、豊かな農場主だった。子牛たちの調子が悪いとのことで彼の農場に往診を頼まれる。診察してみると、ペンキを舐めたことによる金属中毒だった。フィンは若先生の進歩的治療を期待していたようだが、特効薬などなく、農場ならどこにでも置いてあるエプソム塩を飲ませるように言う。これが大当たりで、子牛たちは全快する。また熱の高い牛を診察してみると、熱射病。ホースで水をかけるとたちまち体温は下がってしまった。フィンはこの科学的でない治療に感心し、ヘリオットのファンになってしまうのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第26章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
動物物語:第5章 (集英社文庫、大熊栄訳)
27 シーグフリードはときどき能率向上の発作に取り付かれることがある。友人のメリック大佐の牝牛が針金を飲んでしまったときもそうだった。先生はヘリオットとトリスタンを連れ、颯爽としたいでたちでメリック大佐のところに行き、手際の良いスマートな手術を見せてやろうと張り切る。しかし、現実はそんなに能率が良いものでもスマートなものでもなかった。先生がガスで瘤胃に雌を入れた途端、中のどろどろの汚物が噴出し、先生のスマートな衣装に降りかかり、目もあてられない状況となる。異臭漂う帰りの車の中で先生は「この手術は成功だった!」と言い張るのだった。 ヘリオット先生奮戦記:第27章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
28 屠畜商人ジェフ・マロックは、人の嫌がる死んだ家畜を引き取り、その肉を飼料や石鹸に加工することで大いに儲けていた。彼には独特の才能があって、死んだ動物の死因をたちどころにあててしまう。しかし、彼の病理学は黒魔術的治療法に基づいており、「窒息、黒菌病、胃潰瘍、結石」がその診断のレパートリーだった。あるとき、クランフォードさんの牛が突然死んでしまう。クランフォードさんは「落雷が原因だ!証明書を書け!」。とヘリオットに迫る。ヘリオットはその牛をマロックに見せると、彼はたちどころに「窒息だべ」と宣告する。さっそく彼に解剖させ、心臓の内膜炎で死亡したことを立証するが、クランフォード氏は納得しない。獣医の仕事は家畜を治療するだけでなく、聞き分けの悪い畜主を納得させなければならないという、骨の折れる仕事でもあった。 ヘリオット先生奮戦記:第28章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
29 クランフォード氏は、スケルデールハウスでは鼻つまみもいいところで、シーグフリードも何とかして縁を切りたがっていた。シーグフリードがクランフォード氏の豚の治療薬を作っていると、トリスタンがやってきたので、彼に後を任せ、壜に入れてクランフォード氏のところに送りつけるように頼む。ついでにヨーネ秒の疑いのある糞便のサンプルも壜に入れてリーズの研究所に送るよう頼む。数日後、クランフォード氏から猛烈な抗議が来る。「壜を開けてみたら、糞が入っていた!告訴する!」とのこと。トリスタンが送り先と壜を間違えたのだった。しかし先生は、「これでクランフォードと縁が切れる!」と喜ぶのだった。リーズの研究所に送った豚軟膏の検査結果はどうなったか、わからないのだが。 ヘリオット先生奮戦記:第29章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
30 パンフリー夫人は、トリッキ・ウーを溺愛するあまり、甘いものや美味しいものを与えすぎて、肥満犬にしてしまい、その結果、トリッキの体調がおかしくなってしまう。ヘリオットはトリッキをスケルデールハウスで預かり、ダイエットさせることにした。と言っても特別なことをするわけではなく、医院のほかの犬たち同様の食事を与え、一緒に運動させただけ。トリッキを心配するパンフリー夫人は毎日電話をかけ、さらに栄養がつくようにと、卵やシェリー酒を送ってくる。ブランデーまで送ってきたときには、大いに驚く。この振る舞いにシーグフリードもトリスタンも大喜び。2週間後、トリッキはめでたく全快してパンフリー夫人のところに戻っていった。 ヘリオット先生奮戦記:第30章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)
犬物語:第4章 (集英社文庫、大熊栄訳)
愛犬物語:上巻第3章 (集英社文庫、畑正憲/ジェルミ・エンジェル共訳)
31 夜中の往診から戻ってきて、眠りについた途端、また電話で起こされる。しかも難しい馬のお産。げんなりとして、服を着替える気もなくしてしまい、パジャマのままで往診に出かける。ディクソンさんに派手な縞柄パジャマを冷やかされるが、気にせず無事にクライスデール種の馬の出産に成功する。帰り道、あまりに空腹なので、早朝から営業しているレストランに入り、サンドイッチを注文する。お金を支払おうとして、ポケットをまさぐり、パジャマのまま出てきてしまったので、財布を持ってきていないことに気がつく。ウェイトレスは容赦なく、サンドイッチの皿を引っ込めてしまう。また、レストランにいた客たちには「あの汚いブーツを見ろよ。あいつは作業班から脱獄してきた囚人にちげえねえ」などと言われてしまう始末だった。 ヘリオット先生奮戦記:第31章 (ハヤカワ文庫、大橋吉之輔訳)